(夜食版):情報があっても稼げない人

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(夜食版):情報があっても稼げない人

 ひさびさにゆっくりしているおずです。

 メールの返事はたまっています。^^;

 もう少々、お待ちを。

■情報があっても稼げない人

 どんなに良質の、やれば稼げる情報を手に入れていても

 全く稼げない人というのがいるなぁと思うのです。

 稼げない人には稼げない理由というのがありまして、

 非常に簡単です。

 単純に稼ぎたくないからです。

 ・・・稼ぎたくない人っているのか?

 いるのです。

 これは別に責めているわけではありません。

 それぞれの自由です。

 しかし、問題なのは、自分が稼ぎたい人間なのか、そうでないかを

 知っていますか?ということなのです。

 つまる話、稼いだお金を何に使いますか、というところなんですね。

 そんなものは自由だし、ただ口座にお金がたまっている、その状態が欲しいのだ

 という人もいるでしょう。

 OKです。問題なしです。

 その思いが強ければ。

 思いというのは、強くなければ、環境に流される人間になってしまいます。

 お金というのは代名詞のようなものでして、

 それとか、これみたいに、実態はありません。

 紙切れです。

 それが信頼と結びついるから、ものやサービスと交換してもらえるわけで

 それもいまある価値が明日、そのままかというとその保証は0です。

 社長が捕まれば、株価は下がるのと同じように、

 なんかのきっかけで日本円は、下がる。あたりまえですね。

 話が脱線しました。

 要するにですね、なんで、あなたは稼がなければならないんですか、と。

 この部分を稼ぐ前にはっきりしといた方がいいと私は思います。

 稼ぐ理由や、守るものがないのに、ただお金だけどんどん稼ぐというのは

 案外、虚しいものです。

 私は、「思う力」というのは、どんなノウハウよりも強力だと思っています。

 そして、なりたい姿によって、道筋は違うわけですね。

 だから、万人受けする、方法、ノウハウというのはないはずです。

 共通するエッセンスというのはありますが、

 やりたいことや、やることに喜びを感じることが

 人それぞれ違う以上、どれを選ぶか、というのは、本当に人それぞれです。

 ぴんときたものをやればいい。

 人がいいと言っているからやる、というのは、決め方としては最悪だと思います。

 なぜなら、つまらないからです。

 面白くなければ、意味がない。

 私がしたいことは、実は最近、分かり始めたところでして、

 ひとつは、自分が成長したい、ということ。

 そして、人生を遊びたい、ということ。

 このふたつが明確です。

 みっつめに、自分を知りたい。

 謎だらけなのです。

 私が一番、知らないものは自分自身でして、

 一番、知りたいものも、実は自分自身です。

 気がついたら、日本という国に生まれていて、すごくびっくりしました。

 その前にどこにいたかも、この後どこにいくかも分からず

 まったく目隠しのような状態で、この場所にいるわけです。

 私はまだ、自分という人間のもっているものを

 10%も使っていない気がしています。

 全部使って生きたい。

 自由でありたい。

 その為にまず、時間と場所からの自由を獲得したい。

 その為に、ネットでほったらかしで収入を得るということを

 ある程度できるようになりたい。

 極めたい、とは思っていません。

 自分がやりたいことが不自由なくできるようになったら、

 それで十分です。

 とはいっても、こうやって何かを伝えるというのも、

 したいことのひとつなので、やっていきます。

 実はメルマガは自分の為に書いています。

 読者のことなんか、考えていません。

 自分さえよければ、いいです。

 私は自分がしたいことしかしません。

 どんなに「いいこと」であっても

 「人の役立つこと」でも

 自分がそれをしたくないならしません。

 気がむかないこと・・・しません。

 超なまけものです。

 そんな自分に誇りを感じます。

 いろんなメルマガやブログをみていて、

 特にブログでアフィリエイトをしている方をみてると強く思うのですが

 いったい、この人は何がしたいんだろうっていう人が

 結構います。

 お金が稼ぎたいのか、趣味仲間を広めたいのか、よく思われたいのか

 なにがしたいのか全く分からない。

 多分、聞いても本人分かってないですよ。

 この手の人が、ノウハウ読んでも、稼げるようになんかならないですよ。

 実行するエネルギーがないんだから。

 もう、はっきりそれだけは分かる。

 で、これは別にその人が悪いわけではない。

 学校で教えるのは、「あなた以外のこと」です。

 あなたは、あなた以外のことは何でも知っているけど

 あなたのことだけは知らないのです。

 自分に何ができるのか、何をするとうれしいのか、

 どんなことに喜びを感じるのか、

 何はしたくないのか、どうしたら、もう何もいらないと満足できるのか。

 どんな人と関わって生きたいのか。

 どんな風に人と関わって生きたいのか。

 どう、自分と関わって生きたいのか。

 これらをほったらかしのままで、お金だけ稼ぐというのはやっぱり貧しいと思う。

 豊かには見えないです、少なくとも、私からは。

 自分を知りたい、という人におすすめの本があります。

 「ソース」という本です。

 http://www.ozmagic.org/ozy/source/

 実は、私が小学校教員をやめたのは、この本がきっかけでした。

 その話はまたいずれ。

■編集後記

 教育の語源のeducation。

 これのもとはラテン語で educe で

 意味は、「引き出す」というものです。

 教える、のではなく、もともとあるものを、ひっぱりだす、というのが

 教育なんですね。

 こういう教育をやっているところは、なかなかありません。

 私が知っている中では「シュタイナー教育」というのが一番、近いですが

 ジャストではないです。

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